ウィーンとオペラ その1
ウイーン風オペレッタ《寄宿学校》(1860)により名を挙げたこのダルマティア出身の作曲家・指揮者は、その後《スペードの女王》(1864)、《美しいガラテア》(1865)、《軽騎兵》(1866)、《ボッカチオ》(1879)と、後世にまで輝く作品の数々を書き、オーストリアの都においてこのジャンルを確立しました。
そうなると、ウィーンきっての人気作曲家も、オペレッタを熱心に手がけるようになります。
言わずと知れた"ワルツ王"ヨハン・シュトラウス(1825-99)です。
クリストフ・ワイキューブによれば、彼は1864年オッフェンバックと出会いオペレッタの創作を奨められたといいますが、その数年後、1871年に初めての作品《インディゴーと40人の盗賊》を発表したそうです。
あとはワルツ王の手により落着いたペースで《こうもり》(1874)、《女王のレースのハンカチーフ》(1880)、《ヴェネツィアの一夜》(1883)、《ジプシー男爵》(1885)などの傑作が生み出されていき、その間にウィーンのオペレッタは、ワルツと共に市民のあらゆる層が愛してやまない、この都の宝もののような1ジャンルとして定着しました。