<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0">
   <channel>
      <title>ぼちぼちさんぽ記</title>
      <link>http://free-asian-pictures.info/</link>
      <description>東京から全国のいろいろな建物</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
      <lastBuildDate>Sat, 21 Jan 2012 15:44:00 +0900</lastBuildDate>
      <generator>http://www.sixapart.com/movabletype/</generator>
      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title>スモーカー天国　１</title>
         <description>
海外に比べれば日本はまだまだスモーカー天国。


最近、日本でもスモーカーに対する目が厳しくなってきました。


国内の列車の駅構内における喫煙コーナー以外での全面禁煙、一部飛行機会社の国内線における機内全面禁煙など、嫌煙権運動は着実に成果をあげています。


スモーカーにとっては、肩身の狭い世の中になったと嘆いている人も多いでしょう。


しかし、日本の喫煙事情を嘆いていてはいけない。


海外の各国では、日本以上に禁煙化が進んでいます。


旅行や出張などで海外に飛んだとき、日本の喫煙事情を常識ととらえていると、現地の人に非難されたり、最悪の場合罰せられるケースもあります。

</description>
         <link>http://free-asian-pictures.info/2012/01/post_43.html</link>
         <guid>http://free-asian-pictures.info/2012/01/post_43.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 21 Jan 2012 15:44:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>素人でも簡単にできる</title>
         <description>合板をはがさない場合は、合板の上からシェラックワニスを３～４回塗って、有害な化学物質が出てくるのを抑え込みます。


ここまでは、素人でも簡単にできます。


その後、お金ができたら工務店に頼んで杉板やムクの板、炭化発泡コルク、生コルク(接着剤に注意)を張り、調湿効果を高めてください。


時間と道具とやる気がある人なら、シェラックワニスを塗った上から自分で杉板を張ることもできます。


安くあげたければ、シェラックワニスを塗るのを省き、合板の上から直接杉板を張ってもらいます。


クローゼットの扉が塩化ビニールシート貼りの場合は、工務店に頼んではがしてもらうか、システムキッチンど同じ要領で、自分でシェラックワニスを上から塗りましよう。


</description>
         <link>http://free-asian-pictures.info/2011/12/post_41.html</link>
         <guid>http://free-asian-pictures.info/2011/12/post_41.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 09 Dec 2011 17:27:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>前回の続き</title>
         <description>シェラックワニスを塗り、杉板を張る方法も押入れやクローゼットなど収納部分の内部には、一般に合板が張られています。


もっとも理想的なのは、工務店に頼んで合板を全部はがしてもらい、調湿効果の高い板材(桐、杉、パイン)や炭化発泡コルク張り、生コルク板張りに替えるリフォームです。


杉板などの張り替えが予算上むずかしければ、合板をはがした後に石膏ボードを張ってもらいます。


そして、資金の余裕ができたときに、上から好みの壁紙や和紙を貼るとよいでしょう。


DIYでトライしてみてください。

</description>
         <link>http://free-asian-pictures.info/2011/11/post_40.html</link>
         <guid>http://free-asian-pictures.info/2011/11/post_40.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 13 Nov 2011 17:27:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>健康と防火を両立させる</title>
         <description>
キッチンの壁には燃えにくい素材を使わなければならないと、建築基準法で義務づけられています。


しかし、燃えにくくするためのビニールクロスの難燃剤からは有害な化学物質が揮発します。


キッチンを健康的にするには、流しや調理台のまわりをタイルやステンレス張りにして、壁や天井は耐火の石膏ボードに自然塗料を塗ったり、しっくいや珪藻土で仕上げるとよいでしょう。


ただし、タイルの下地には合板を張らずに、モルタルを使ってください。


ガス台の前以外は、安全性の高いクロスを貼っても問題ありません。


もし、法律で防火の義務があるので無理だと言われたときは、ガス台の前に天井からたれ壁を作ってもらラ方法もあります。
</description>
         <link>http://free-asian-pictures.info/2011/10/post_39.html</link>
         <guid>http://free-asian-pictures.info/2011/10/post_39.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 16 Oct 2011 17:26:23 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>人生における運という要素</title>
         <description><![CDATA[
人生における運という要素についての観念が、その後の世のなかの進化にともなって、ずーっと人類のあたまを占領して来たのにはなんの不思議もありません。


人間はそれ(運)を愛し、それに不安を感じました。


彼等は運と戯れて来ました。


戯れるのにこれ以上興味深いものは他になかったのです。


そうです。


興味ということばこそ、彼らが常に運に対応してゆくときの態度でした。


濡れ手であわをつかもうとする情熱・・・


そして努力した結果が無駄におわるかも知れないという不安・・・


それが人間の心を惹きつけて来たのであります。


<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話占いの詳細は＞＞</a>



]]></description>
         <link>http://free-asian-pictures.info/2011/09/post_42.html</link>
         <guid>http://free-asian-pictures.info/2011/09/post_42.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 27 Sep 2011 17:07:08 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>改築</title>
         <description>改築の際には、総ムク材のシステムキッチンに替えてみてはどうでしょうか。


ガス台のコンロは三つ、簡単なレンジフードも付きます。


ホーロー製やステンレス製もあります。


しかし、どちらもつり戸棚は合板で作られているので要注意。


また、後者の扉は塩ビシート合板張りです。


近くの大工さんに流しや調理台を作ってもらうのも一案です。


ステンレストップの天板なら大工さんや工務店からすぐ手に入るので、相談してみてください。

</description>
         <link>http://free-asian-pictures.info/2011/09/post_38.html</link>
         <guid>http://free-asian-pictures.info/2011/09/post_38.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 12 Sep 2011 17:25:42 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>行ってみたところ　６</title>
         <description>タキカワカイギュウ化石標本(道天然)は、1980(昭和55)年空知川の河床から発見されました。


この化石は、500万年前には滝川周辺が海であったことを物語っています。


タキカワカイギュウ化石標本の研究によって太平洋岸の海牛の系統性が明らかになってきています。


また、新十津川町・沼田町などで海牛化石をはじめ500万年前の海生生物の化石が発見されています。


2階は美術展示室となっています。


滝川出身の日本画家岩橋英遠、洋画家一木万寿三、前衛書道の上田桑鳩の作品が展示されています。


滝川市美術自然史館の北側には滝川市郷土館があります。


滝川屯田や江部乙屯田の資料、上川開発の端緒を開いた道庁の役人高畑利宜の資料、北海道人造石油株式会社滝川工場の資料が展示されています。


</description>
         <link>http://free-asian-pictures.info/2011/08/post_37.html</link>
         <guid>http://free-asian-pictures.info/2011/08/post_37.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 04 Aug 2011 12:32:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>行ってみたところ　５</title>
         <description>新十津川村第7代村長西村直一の詩「故郷の残夢」のなかに、国からの数々の恩恵を「2年の糧まで給はれば恩賜の村とも言うべきか」の一節があります。


記念館には十津川郷旗の由来はじめ約1000点の資料が展示されています。


1990(平成2)年6月20日には新十津川町開基100年記念式典を行い、スポーツセンターなど数々の施設を整備し町民の福祉の向上に努めています。



滝川駅から空知川にむかって15分ほど行くとイチョウ・メタセコイアなどが茂る化石の森といわれる滝川市美術自然史館の前庭に着きます。


滝が落ちる池、海牛の模型、タカハシホタテの大きな貝がらなどで500万年前の鮮新世の世界を演出しています。


1階は海牛化石を中心とした展示で、日本では2体というチラノザウルスが目をひきます。
</description>
         <link>http://free-asian-pictures.info/2011/07/post_36.html</link>
         <guid>http://free-asian-pictures.info/2011/07/post_36.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 04 Jul 2011 12:32:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>行ってみたところ　４</title>
         <description>十津川の住民は生きる道を北海道の開拓に求め、明治政府から北海道移住の許可をもらい、600戸・2489人の村民が3回にわかれて現在の地に移住し、新生新十津川村を誕生させました。


新十津川移民の特色は、旅費は官給、2年間食料を国から支給されるといったもので、屯田兵は別にして一般入植者の扱いとしてほかに例がない。


明治維新における十津川住民の働きが、一村士族という栄誉を与えられた諸般の事情によるものでしょう。


災害の無念を維新の選良意識によって止揚し、開拓のエネルギーにおきかえて新しい新十津川町をつくっていきました。
</description>
         <link>http://free-asian-pictures.info/2011/06/post_35.html</link>
         <guid>http://free-asian-pictures.info/2011/06/post_35.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 04 Jun 2011 12:32:22 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>行ってみたところ　３</title>
         <description>新十津川町開拓記念館は駅の東方lkm、国道275号線沿いに南面して建っています。


1980(昭和55)年に新十津川町開基90年を記念して建てられたものです。


とかく行政の片隅におかれがちな記念館が、ここでは新十津川町の表玄関ともいえる場所に、堂々としかもりっぱにつくられています。


町の歴史と伝統に対する行政の姿勢がうかがえます。


奈良県吉野郡十津川郷では、1889(明治22)年8月17日から降りだした雨が集中豪雨となり、山崩れが起き土砂が田畑や家屋を流し、谷を防いでできた湖は再び決壊して災害をもたらし、死者223人・流失や壊れた家600戸を超える未曽有の災害をこうむった。


当時の大阪の『東雲新聞』は「恰もノアの大洪水を眼前に視る思い」と報じています。
</description>
         <link>http://free-asian-pictures.info/2011/05/post_34.html</link>
         <guid>http://free-asian-pictures.info/2011/05/post_34.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 04 May 2011 12:32:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>行ってみたところ　２</title>
         <description>聖園農場の創始者であり、かつ聖園教会創立時の指導者であった武市安哉は、今の南国市の郷士(士族)の家に生まれました。


小学校の教師・区長・大区長・県会議員の要職を経験、1892(明治25)年には衆議院議員に当選していました。


しかし政界の汚さに失望し、政治や民権運動だけでは農民は救われないと考え、未開の北海道にキリスト教精神による理想の農村建設を決意しやってきました。


彼のよびかけに26人の青年が賛同し行動をともにしています。


国会議員の地位を捨てての渡道です。


土地は630haで、1次から3次までの入植戸数は200戸に及びました。


1898年、坂本竜馬の甥坂本直寛が北見から浦臼に移住、聖園は新しい指導者を迎えました。


当時の資料は、浦臼町郷土史料館に大切に保管され、展観に供されています。
</description>
         <link>http://free-asian-pictures.info/2011/04/post_33.html</link>
         <guid>http://free-asian-pictures.info/2011/04/post_33.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 04 Apr 2011 12:32:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>行ってみたところ　１</title>
         <description>札的駅で下車し学園都市線と並行して走る国道275号線を北に5分ほど行くと「札的母とFの家」があり、その北側の空地に聖園創始記念之地の石碑が立っています。


さらにここから1.7km国道を北行した市街地に聖園教会の教会堂があります。


明治の開拓時代、北海道の開拓は移住者の事情によっていろいろな形がありました。


1893(明治26)年、月形村サッテキナイ(現浦臼町札的)へ高知県から入植した青年グループは、キリスト教精神による理想の農村建設をめざし、聖園農場をつくり開拓を進めた。


リーダーの自由民権論者武市安哉の急死により農場は長く続かなかったが、進取の気風は今も残り、新たな形で聖園農場が再建され、入植者の子孫たちがキリスト教を心の支えとして教会で祈り、理想郷建設の伝統を受け継いで今日に至っています。
</description>
         <link>http://free-asian-pictures.info/2011/03/post_32.html</link>
         <guid>http://free-asian-pictures.info/2011/03/post_32.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 04 Mar 2011 12:31:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>神秘の部分　その８</title>
         <description>勘違いしている方もいらっしゃるかもしれませんが、霊性とはもっぱら、目覚めつつある個人の意識とむすびつくものであり、その経験がその人をより思慮深く、より親切に、より愛ある人にする動機にはなっても、宗教団体にはいる動機になるものではありません。

現代の科学が霊性という考えそのものを否定していることはあきらかです。

しかし、現代的であり、かつ霊的であることは両立が可能です。

事実、科学者が人間のエネルギー変換について実験し、立証しつつある現在、霊性はあきらかに復活しはじめています。
</description>
         <link>http://free-asian-pictures.info/2011/02/post_30.html</link>
         <guid>http://free-asian-pictures.info/2011/02/post_30.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 14 Feb 2011 14:03:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>神秘の部分　その７</title>
         <description>実は、実はですね。

多くの人は自分の行為によって、想念パターンのなかにこの霊性がはいりこもうとするのを邪魔していますが、じつはどんな人にも霊的なからだのこの部分にアクセスできる能力はそなわっています。

霊性とは本来われわれを、創造の背後にあるさまざまな力、すなわち愛のエネルギーや叡知のエネルギーとの統合へとみちびいてくれるものなのです。

不幸にしてわたしは、宗教団体に霊性があることが証明された例を知りません。
</description>
         <link>http://free-asian-pictures.info/2011/01/post_29.html</link>
         <guid>http://free-asian-pictures.info/2011/01/post_29.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 16 Jan 2011 14:03:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>神秘の部分　その６</title>
         <description>今回は直感について。

直観は想念の宝石のようなものであり、希少価値があります。

しかし、ちょっとした直観なら、たいがいの人がしょっちゅう経験しています。

たとえば、はじめて会った人と話をした帰りに、「あの人の声には誠実さがある」などと思ったことはないでしょうか?

声を構成する「音」は物質界の一部であり、五感で感知できますが、「誠実さ」は直観でしか知ることができない、見えない世界の一部です。

コミュニケーションは自分と自分のたましいとのあいだに起こるんだそうです。
</description>
         <link>http://free-asian-pictures.info/2011/01/post_28.html</link>
         <guid>http://free-asian-pictures.info/2011/01/post_28.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 06 Jan 2011 14:03:05 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
</rss>

