神秘の部分 その1

こんにちは。

ここ何年かは、スピ系が流行っていますよね。

そのせいか、このところ霊性について語られることが多くなりましたが、霊性はおおかたの人にとって、まだ漠然とした謎のままにとどまっています。

以下は、わたしが他人にアドバイスしていることをまとめたものです。

心身の癒しを助けるために、他人には自分の霊性について理解してもらうことにしています。

からだ・こころ・たましいの三つの側面のバランスがとれてこそ、その人の潜在力が発揮されるからです。

ウィーンとオペラ その3

パリ、ウィーンにおけるオペレッタの隆盛はもちろんヨーロッパ各地に飛火したが、中でもイギリスのア』サー・サリヴァン(1842-1900)は、台本作者ウィリアム・S・ギルバートと組み、いわゆるギルバート=サリヴァン・オペラ(またの名サヴォイ・オペラ)を次つぎと発表しロンドン中の人気をさらいました。

彼の確立した英語によるオペレッタの流れが、やがてアメリカ合衆国中心のミュージカルへつながっていったとも見られるでしょう。

ウィーンとオペラ その2

19世紀末から今世紀前半にかけて、オペレッタ専門の作曲家がそれこそ綺羅星のように現れたが、ここにはカール・ミレッカー(1842-99、代表作《乞食学生》)、カール・ツェラー(..、代表作《小鳥売り》)、カール・ミヒャエル・ツィーラー(1843-1922、代表作《観光案内人》)、フランツ・レハール(1870-1948、代表作《メリー・ウィドウ》《ルクセンブルク伯爵》)、オスカー・シュトラウス(1870-1954、代表作《ワルツの夢》)、エーメリヒ・カールマン(1882-1953、代表作《チャルダッシュの女王》)それにロベルト・シュトルツ(1880-1975)を挙げておきたいと思います。石塚孝一氏によると、ウィーンのオペレッタの特色は、パリのそれともひと味違った"粋"な味わい、いわゆる"人情"をおもなテーマとする筋書きにふさわしくただちに情感に訴える旋律の魅力などに加え、"世紀末"という一時代の雰囲気を如実に映し出していたことにあろう。

ウィーンとオペラ その1

ウイーン風オペレッタ《寄宿学校》(1860)により名を挙げたこのダルマティア出身の作曲家・指揮者は、その後《スペードの女王》(1864)、《美しいガラテア》(1865)、《軽騎兵》(1866)、《ボッカチオ》(1879)と、後世にまで輝く作品の数々を書き、オーストリアの都においてこのジャンルを確立しました。

そうなると、ウィーンきっての人気作曲家も、オペレッタを熱心に手がけるようになります。

言わずと知れた"ワルツ王"ヨハン・シュトラウス(1825-99)です。

クリストフ・ワイキューブによれば、彼は1864年オッフェンバックと出会いオペレッタの創作を奨められたといいますが、その数年後、1871年に初めての作品《インディゴーと40人の盗賊》を発表したそうです。

あとはワルツ王の手により落着いたペースで《こうもり》(1874)、《女王のレースのハンカチーフ》(1880)、《ヴェネツィアの一夜》(1883)、《ジプシー男爵》(1885)などの傑作が生み出されていき、その間にウィーンのオペレッタは、ワルツと共に市民のあらゆる層が愛してやまない、この都の宝もののような1ジャンルとして定着しました。

九州から世界遺産を目指す・・・黒潮に育まれた亜熱帯海域の小島「竹富島・波照間島」の文化的景観 沖縄県

沖縄県

琉球列島の最南端に位置する竹富島と波照間島には、古代以来の貝塚や中世以降の集落遺跡が多数残る。

また珊瑚石灰岩の石垣と防風林に囲われた木造平屋の屋敷が伝統的集落を構成し、亜熱帯の気候風土に適合した黒潮流域特有の景観を形成している。

自然崇拝や祖先崇拝を中心とするアニミズム信仰の場である御嶽や井戸などの聖地も、地域共同体の信仰祭礼行事とともに現存し、家屋、屋敷、集落、山林や海岸とともに海岸とともに、島全体が総合的な信仰体系の宇宙を構成している。

九州から世界遺産を目指す・・・沖ノ島と関連遺産群

福岡県

4~10世紀の大和王権及び律令国家の時代、東アジァ世界との交流に際し、航海の安全を祈願して国家的祭祀を行った地が沖ノ島である。
沖ノ島は玄界灘に浮かぶ周囲4km足らずの小島だが、日本と大陸との航路において荒ぶる海を鎮める祭祀場として重要な位置にあった。

奉納された貴重品や文物約8万点が出土し、「海の正倉院」ともよばれる。

こうした祭祀にかかわる遺構と、祭祀を支えた有力氏族の胸形氏に関連する遺産群、そして今も守られ受け継がれる沖ノ島信仰は高い価値を有する。

九州から世界遺産を目指す・・・四国八十八箇所霊場と遍路道

徳島県、高知県、愛媛県、香川県

四国4県にある弘法大師空海ゆかりの札所霊場八十八箇所を、ループ状にめぐる全長1400kmに及ぶ壮大な寺院巡拝が四国遍路である。

古くは僧侶や山伏によって、空海の修行地への巡拝が行われ、江戸時代には弘法大師信仰とともに一般民衆へも広まっていった。

やがて宗派を超えて民衆の間に定着し、遍路の基盤となる思想や信仰と、実践する場としての寺院、遍路道、それを支える地域社会が一体となった文化が生まれ、1000年を超えて今もなお継承されている。

九州から世界遺産を目指す・・・宇佐・国東八幡文化遺産

大分県

8~9世紀頃、大陸伝来の仏教と日本古来の神との神仏習合が行われた。

宇佐神宮を総本社とする八幡文化と、国東六郷にみる仏教文化は神仏習合の発祥の地であり、奈良や平安時代、さらには、その後の日本においても、社会、文化、宗教の根幹を形成してきた。

今も良好な形で残る建造物群、境内配置は、こうした神と仏の融合という日本の宗教史上の重要な段階を物語る歴史的空間として貴重な存在である。

互いの異文化を認め合い、共存するという思想にもとつく文化景観は世界でもあまり例をみない。

九州から世界遺産を目指す・・・九州・山ロの近代化産業遺産群

福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、鹿児島県、山口県

近世から近代にかけての日本の近代化、工業化は、主に九州を舞台に極めて短期間で飛躍的な発展を遂げた。
これは非欧米社会で最初に成功し、広くアジアの手本となった。

その過程で建設された記念工作物には、鉄製大砲鋳造のための反射炉、鹿児島紡績所、長崎製鉄所、小菅修船場、洋式の大規模な炭坑、さらに明治時代後期の八幡製鉄所などがある。

これらは日本の重工業や経済発展を支えた産業遺跡群であり、西洋技術と日本在来の技術の融合による独特なものである。

九州から世界遺産を目指す・・・錦帯橋と岩国の町割

山口県

1673年(延宝1)に創建された錦帯橋は、世界的にも希少性の高い木造の5連アーチ橋である。
アーチ橋の径間35・1mは、現代工法を除いた現存する木造橋として世界最古である。

錦帯橋の借景となる城山は豊かな自然林で、清流錦川と両岸の木造建築群、高度に発展した独特の架橋技術による繊細で優美な錦帯橋の意匠と相まって、四季折々に見事な表情をみせる。

これらは江戸時代より歌川広重や葛飾北斎の浮世絵にも描かれてきた文化的景観であり、時代を超えて受け継がれた芸術である。
現在の錦帯橋は50年ぶりの架替えにより2004年(平成16)に完成した4代目。

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